【町内会がしんどい】今は「つなぐ」だけでいいと思った話

子育て
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えんがわさん
えんがわさん

不登校や働き方の悩みと同じように、
町内会のことも、私にとっては生活の延長にあります。

町内会の役割って、
「できる人がやるもの」だと思っていました。

時間がある人。
体力がある人。
家にいる人。

だから、できない自分を、
どこかで「申し訳ない」と思っていたんです。

でも最近、
そもそも“今できるかどうか”だけで考えるのが、
しんどくなってきました。

仕事、子ども、親の高齢化。
どれも待ってくれなくて、
気づけば、余力はどんどん削られていく。

この記事では、
町内会やゴミ当番がしんどくなってきた私が、
「やめる」「頑張る」以外の選択肢に気づいた話を書いています。

同じように、
今、町内会が重たく感じている人に、
「それでもいいんだよ」と伝わったらうれしいです。


町内会は「できる人がやるもの」だと思っていた

私が育った家庭は、両親共働きでした。
朝は親のほうが先に家を出て、
私は鍵を閉めて登校し、帰りは自分で鍵を開ける。

そんな家庭が多い新興住宅地でしたが、
町内会は当たり前に存在していました。

公園掃除、ゴミ捨て場の管理、地蔵盆、地域の運動会。
今では失われた行事も、当時はすべてしている町内でした。

だから私は、
町内会は「余力のある人が回すもの」
そう自然に思っていました。


今の町内会と、変わっていく役割

今住んでいる町内は、古い町内会です。
高齢化が進み、地域の運動会は不参加。
町内名が入ったテントを立てて、
みんなでお弁当を食べる、そんな習慣もなくなりました。

理由は、テント自体が借り物だったから。
「借りてまでやらなくていいでしょ」という、
とてもシンプルな判断。

それでも、その決定には数年かかったと聞きました。
町内会を「抜ける」ことへの抵抗感が、
それだけ強かったのだと思います。


ゴミ当番で起きた、ちいさな違和感

今の町内で、いちばん現実的な役割はゴミ当番です。

カラスよけの網はとても大きく、
45リットルのゴミ袋が20個ほど覆えるサイズ。
淵には縄のおもりがついていて、
それもかなり重たい。

ある日、その当番が回ってきました。
10時過ぎでも、まだゴミは収集されていなかったので、
「あと1時間くらいしたら、もう一度見に行こう」
そう思っていました。

でも、行ってみると、
網はきれいに畳まれていました。

母に聞いても、母はしていない。
どうやら、近くの美容院の方が
時々片付けているらしいのです。

正直に言うと、
「勝手に片付けないでほしい」
そう思ってしまいました。

忘れていたわけではありません。
こちらは、気をもみながら待っていた側だったから。


「今はできる」は、永遠じゃない

我が家は、祖父母と隣同士で、
共同で町内会に入らせてもらっています。

16年前、子どもが生まれた頃は、
「祖父母が体力的に難しくなる頃には、
私は仕事を辞めているかもしれない」
そう思っていました。

でも、現実は違いました。

仕事は辞めていない。
むしろ、辞められない。
子どもの事情もあって、
生活はどんどん不確実になっていきました。

一方で、
親は確実に年を取っていきます。

今は、私の時短勤務で
なんとか回っているだけ。
2年後には、フルに戻る予定です。

「今できている」ことを、
ずっと続く前提で考えるのは、
もう難しいと感じています。


「やめる」か「頑張る」以外の選択肢

町内会との関わりを、
ずっと二択で考えていました。

やめるか。
頑張るか。

でも最近、
「今はつなぐ」という選択肢があると気づきました。

私が決めたのは、これです。

・町内会費は払う
・行事には出ない
・ゴミ当番は、今は「戦力として数えない」
・無理なときは、無理と言う

そして、
10年後、退職したら、
逆にできることを引き受ける。

今はできないけれど、
将来は、時間と体力を
地域に回せるかもしれない。


町内会も、人生のフェーズで変えていい

今、町内会がしんどい人へ。

それは、
協調性がないからでも、
冷たいからでもありません。

人生の「いま」が、
担えない時期なだけです。

10年単位で見たら、
今は「支えられる側」でも、
いずれ「支える側」に戻る人もいる。

町内会は、短距離走じゃない。
長距離走。

今は、つなげばいい。


まとめ

10年もすれば、
今、町内会を支えている主要なメンバーは
いなくなっているかもしれません。

ゴミ当番だけで運営できるのか。
自然消滅するのか。
誰かがリーダーシップを取るのか。

答えはありません。

でも、
「今しんどい」と感じている人が、
自分を責めなくていい社会であってほしい。

同じような境遇の方がいて、
「私だけじゃない」と思ってもらえたら、
それだけで、この文章を書いた意味があります。

ここまで読んでくださり、
ありがとうございました。

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